築30年の古家に住んでいた20年前から、少しずつ自分の手でDIYをしながら、だましだまし(でも愛着を持って)暮らしてきました。
しかし、築40年を迎える頃、我が家に最大の転機が訪れます。きっかけは、突然始まった「雨漏り」でした。
「この古い家は、一体いつまで安全に住めるのだろう……」
そんな漠然とした不安を解消するために受けた、自治体の無料耐震診断。そこで突きつけられた現実から、一気に建て替えへと舵を切ることになった我が家のドタバタな転換期の記録です。
築40年の我が家の状態|日当たりの良い2階ベランダの落とし穴
我が家はもともと、夫が独身時代から住んでいた築30年の古家でした。そこに結婚を機に私が仲間入りする形で、私たちの暮らしがスタートしたのです。
新生活が始まった当初から、家のあちこちに年季が入っているのは分かっていました。特に気になっていたのが、2階にある広々としたベランダです。1階の部屋の真上に位置するそのスペースは、なんと2部屋分もの広さがあり、南向きで非常に対面の日当たりが良いのが魅力でした。
ただ、私が嫁いできた時点で、すでにベランダの床(防水塗装面)には細かなひび割れが無数に入っていました。さらにベランダの屋根も、長年これといったメンテナンスをされていなかったようで、紫外線や雨風にさらされてかなりボロボロの状態だったのです。
「古いお家だし、多少の傷みは仕方ないよね」
当時はそんな風に軽く考えて、少しずつDIYで家を整えながら毎日の暮らしを楽しんでいました。しかし、この「日当たりの良さ」と「最初からの劣化」こそが、静かに我が家を蝕む落とし穴だったのです。
私たちが暮らし始めてからさらに歳月が流れ、家が「築40年」を迎える頃、ついに限界がやってきました。ポツポツと激しい雨が降った日、1階の天井から「ポタ、ポタ」と水が滴る音が響いたのです。
長年放置されていたベランダのひび割れや、ボロボロだった屋根の隙間から侵入し続けていた雨水が、ついに1階の天井へと染み出してきてしまいました。我が家は私たちが思う以上に、築40年という歳月の重みに耐えかねて悲鳴を上げていたのです。


「いつまで安全に住める?」無料耐震診断を受けたきっかけ
雨漏りが始まってからというもの、雨が降るたびにブルーシートやバケツを用意する生活になり、精神的にもかなり滅入ってしまいました。「このままこの家に住み続けて、本当に大きな地震が来たらどうなってしまうんだろう」という、これまでにない強い不安が頭をよぎるようになったのです。
そこで、まずは我が家の本当の「健康状態」を知るために、自治体が行っている「無料の耐震診断」を申し込むことにしました。
実はこの時、一つだけ本当に救われたことがありました。それは、ベランダの修繕に関して、加入していた火災保険の保険金請求が認められたことです。「古いから」と諦めずに、ダメ元で申請してみるものだなと、この時は本当にありがたく思いました。
下りた保険金を握りしめ、当初の私は「このお金を頭金にして、悪くなったベランダと雨漏りをきれいにリフォームしてもらおう。そうすれば、あと10年や20年は持たせられるはずだ」と、まだどこかで楽観的に考えていたのです。この時点では、まさか家を丸ごと建て替えることになるとは、夢にも思っていませんでした。

想像以上の現実…耐震診断の結果と屋根裏の衝撃
申し込みからしばらくして、専門の建築士さんが我が家にやってきました。 図面を確認し、床下や壁の配置、そして問題のベランダや屋根裏まで、数時間をかけてじっくりと調査が進んでいきました。
数日後、自宅に届いた耐震診断の結果報告書。そこに書かれていたのは、私の淡い期待を木っ端微塵に打ち砕く、あまりにも厳しい現実でした。
耐震評価は、明確に**「倒壊する可能性が高い」という判定。 手元の資料を恐る恐る見ると、一般的に『0.7未満』が倒壊の可能性が高いという枠らしいのですが、なんと我が家が突きつけられた数値は「0.2」**。合格ラインに遠く及ばないその圧倒的な数字を見て、目の前が真っ暗になりました。
ちなみに後から知ったのですが、築40年ほどの古いお家だと、現在の厳しい耐震基準で診断すると0.2〜0.4あたりの数値になってしまうのは、実はそこまで珍しいことではないそうです。
特に我が家の場合は、雨漏りで屋根裏の骨組みが傷んでいたことが、この「0.2」という衝撃的な数字に拍車をかけたようでした。
さらに、診断の際に建築士さんが撮影してくれた屋根裏の写真を見て、背筋が凍りつきました。長年の雨漏りが原因で、屋根を支える一番大切な木造の躯体(骨組み)の一部が、水分を吸って完全に腐り、崩れかけていたのです。
「表面のクロスをきれいに貼り替えたところで、土台がこれでは意味がない……」
写真に写る、黒ずんでボロボロになった木材を見て、ようやく事の重大さを理解しました。いつの間にか我が家は、大きな地震が来たらひとたまりもないほど、限界を迎えていたのです。この衝撃の事実を目にした瞬間、私の頭の中から「部分的なリフォーム」という選択肢は消え去り、「家族が安全に暮らすためには、建て替えるしかない」という覚悟が決まりました。

リフォームか?建て替えか?予算と見積もりで揺れた選択
とはいえ、急に「建て替え」と言われても、一番のネックになるのはやはり「お金」です。
実は、耐震診断の結果が出る前から、「もしリフォームで済むなら、どのくらいかかるのだろう」と、複数のリフォーム業者さんに見積もりを依頼していました。当時の私の計画では、「まずは今回の雨漏りリフォームで業者さんの腕や対応を見て、もし良さそうなら、将来本当に建て替える時に、またその業者さんにお願いしよう」という、段階を踏んだマイルドな進め方を考えていたのです。
ところが、各社から上がってきたリフォームの見積もり金額を見て、思わず目を見張りました。
「……えっ、リフォームだけでこんなにするの?」
屋根裏の躯体の補修、ベランダの全面作り直し、さらに耐震性を上げるための壁の補強などを盛り込むと、その金額は想像を遥かに超える高額になっていたのです。古い家の一部を壊しながら補強していくリフォームは、新築よりも手間がかかるため、どうしても費用が膨らんでしまうとのことでした。
これだけの大金を払ってリフォームしても、基礎や他の部分は40年前の古いまま。それなら、あともう少し予算を頑張って足して、基礎からすべてを新しくする「建て替え」にした方が、これからの人生を安心して過ごせるのではないか。家族とも何度も話し合い、我が家は正式に新築への道を歩み出すことになりました。
一からのハウスメーカー探しと「県民共済住宅」との出会い
「建て替え」へと舵を切ったのはいいものの、ここで一つ問題が発生しました。私は一から新しく、建て替えを任せられるハウスメーカーを探さなければならなくなりました。
予算は限られているけれど、耐震性が高くて、安心して長く住めるしっかりとした家を建てたい。 そんな藁にもすがる思いで大手の有名ハウスメーカーが集まる展示場へ足を運んだのですが、現実は想像以上に甘くありませんでした。
当時の私たちはまだ若く見えたからでしょうか。どのモデルハウスに入っても営業の担当者すら付くことはなく、完全に放置された状態でポツンと見学することに。もちろん、具体的な見積もりを出してもらう段階にすら進めず、ただ持ち帰ったパンフレットに書かれた高い基準価格を見て、その桁違いの金額にため息をつくばかりでした。
華やかな空間の中で感じた何とも言えない疎外感と、居心地の悪さ。トボトボと帰路につきながら、心の中でぽつりとお決まりの不安が浮かんでいました。
「本当に納得のいく家なんて建たないのかな……」
毎晩のようにパソコンの前で、不安になりながら情報収集を続けていました。そんなある日、検索画面の隅に偶然引っかかったのが、「埼玉県民共済住宅」という文字でした。
「県民共済が、家を建てている……?」
最初はそんな素朴な疑問からのスタートでした。しかし、調べていくうちに、営利を第一目的としない共済ならではの「圧倒的なコストパフォーマンス」と、埼玉の地元の木材を使った「しっかりとした頑丈な家づくり」という特徴を知り、点と点がつながるように「ここしかない!」と確信したのです。
今、築10年を迎えた綺麗な我が家でこのブログを書いていますが、あの時、ネットの海で偶然にも埼玉県民共済住宅にたどり着けたことは、我が家の人生において本当に最高のラッキーだったと、心からそう思っています。
わが家の家づくりメモ一覧:
建替えの計画から引き渡し、築10年後の現在までの全体的な流れや、各プロセスの記録は「埼玉県民共済住宅|DIYから20年の体験記録」からご覧いただけます。

