フランス文化の香りがそこかしこに残る「東洋の真珠」ことホーチミン。20年以上前のあの日、世界一周クルーズの寄港地として降り立った私が目にしたのは、無数の自転車やバイクがまるで巨大な川のように道路を埋め尽くし、混沌としたエネルギーを放つ圧巻の光景でした。50代を迎えた今、手元に残る思い出の品々をそっと見つめながら、当時の鮮烈な記憶と、進化を続ける現在のベトナムの街並みへ思いを馳せてみたいと思います。
ベトナム― 知っておきたい基礎知識
広さと地形
総面積は約33万1,212平方キロメートルで、日本全体の総面積の約0.9倍に相当する大きさです。この国土が南北に約1,650キロメートルと細長く伸び、独自の細峻なS字型を形作っているのが特徴です。
気候のポイント
一般的なベトナムの気候
南北に長い国土のため地域で気候が激しく異なります。国全体は熱帯・亜熱帯モンスーン気候ですが、首都ハノイのある北部には明確な四季があり、冬は気温が10度台まで下がることも珍しくありません。
旅の舞台ホーチミンの気候(5月下旬の様子)
南部ホーチミンは1年を通じ高温多湿で、明快な乾季と雨季のみが存在します。訪れた時期はちょうど雨季の始まりで、うだるような熱気と強烈な太陽が照りつける、東南アジア特有のエネルギーに満ちた暑さでした。
(最新の情報は「ベトナム観光総局公式サイト「Vietnam.travel」(日本語)」にてご確認ください)
ホーチミンでの現地体験と、外せない観光名所
究極のフィット感?アオザイのオーダーメイド体験
当時、私が世界一周の船旅の中で何よりも心躍らせ、楽しみに計画していたことのひとつが、現地の本格的な仕立て屋さんで誂える伝統衣装「アオザイ」のオーダーメイド体験でした。世界一周クルーズの旅程の中では、船内で開かれる華やかで格式高いパーティーが何度も企画されるのですが、せっかくベトナムに寄港するのであれば、現地で自分だけの美しい一着を仕立て、それを身に纏ってパーティーに参加したいと強く願っていたのです。
いざ現地の仕立て屋さんに足を運び、緊張しながら採寸の場に立った時の衝撃は今でも忘れられません。その計測作業の細かさは、日本の一般的な衣服の採寸とは比較にならないほど徹底的なものでした。首回りから始まって、手首の太さ、バスト、ウエストの細かな曲線、さらには膝の位置に至るまで、これでもかというほど何十箇所も入念にメジャーを当てられたのです。少しの妥協も緩みも許さないという職人さんの鋭く真剣な目つきを前にして、私は内心「これは船に戻ってからも、一ミリたりとも太るわけにはいかないな(笑)」と、心地よいプレッシャーで身が引き締まる思いをしたのを覚えています。
後日、無事に手元へと届けられた仕立て上がりのアオザイは、自分の身体のラインに完全に沿うような、まさに第二の皮膚と呼びたくなるほどの完璧なフィット感を誇っていました。あの日、職人さんが一切の妥協なく仕立ててくれた誇らしい一着を身に纏い、船上のきらびやかなパーティーで旅の仲間たちと笑顔を交わして過ごした時間は、今振り返っても色褪せることのない特別な誇らしさと共に思い出されます。

一般家庭で体験した「生春巻き作り」の記憶
もうひとつ、異国の生活文化を肌で感じるために参加したオプショナルツアーでの「生春巻き作り体験」も、私の五感に深く刻まれている大切な思い出です。
現地の先生に温かく迎えられ、生春巻きの工程を教わることになったのですが、調理を始める前の段階で、まず調理台の上に用意されていた「包丁の大きさ」に目を丸くしてしまいました。それは日本の家庭で見かける一般的な万能包丁とは全く異なり、まるで中華包丁を思わせるような、分厚くて重厚な刃物だったのです。そのずっしりとした金属の重みを手に感じた瞬間は、思わず手がすくんでしまうような緊張感に包まれました。
それでも、現地の方の手慣れた美しい手捌きを必死に真似ながら、慣れない手つきで薄く繊細なライスペーパーを破らないよう丁寧に丸めていく作業は、時間を忘れるほど楽しく、これ以上ないほど贅沢な文化体験となりました。苦労して自分自身の手で完成させた生春巻きの味は、格別の美味しさでした。
その料理体験の最中、外は激しいスコールに見舞われました。屋根を叩く雨音を聞きながら、私は濡れることなく家の中からその様子を眺めていました。「船に戻る時、みんなびしょ濡れで大変だったって」と後から聞き、その時はラッキーだったなと思ったものです。しかし20数年が経った今、あの猛烈な雨に打たれながら現地の熱気を感じるのも、それはそれで「いい思い出」になったのではないだろうかと、少しだけ羨ましく思う自分もいます。

一般的な観光名所の魅力
ホーチミンには、今も昔も変わらぬ輝きを放つ観光名所がたくさんあります。
- サイゴン大教会(聖母マリア教会): フランス統治時代の面影を残す象徴的なスポット。
- サイゴン中央郵便局: 美しいアーチ型の天井を持つ、現役の郵便局。
- ベンタイン市場: 20年以上前も今も、地元の人々の活気で溢れかえっている巨大な市場。
当時の通貨と、忘れられない記憶
ベトナムの紙幣:手元に残る「紙」の記憶と、現代の劇的な進化
ベトナムの通貨「ドン(VND)」を語る上で、最も大きな変化は、お札の「素材」です。
当時はボロボロの「紙」が当たり前だった
私が20年以上前にホーチミンを訪れた際、手にした紙幣はすべてコットン(綿)製の「紙」でした。 高温多湿のベトナムでは、紙のお札はすぐに汗や湿気を吸ってしまい、お世辞にも綺麗とは言えない、独特の「使い込まれた感」のあるお札が多かった記憶があります。
特に少額紙幣などは、ボロボロで破れそうなものも珍しくありませんでした。
現在は水に強い「ポリマー紙幣」が主流
ところが、2003年の後半からベトナムでは「ポリマー(プラスチック)製」の紙幣が導入されました。現在、1万ドン以上の高額紙幣はすべてこのタイプに切り替わっています。
- 破れない、濡れない: 誤って洗濯しても、スコールに濡れても平気。
- 偽造しにくい: 透明な「窓」のような透かしがあり、技術が詰まっています。
- 清潔感: 汚れがつきにくいため、昔のような「クタクタになったお札」を見かけることは少なくなりました。

道路の景色
私が当時最も驚いたのは、道路を埋め尽くす「自転車とバイク」の群れでした。信号がほとんどない中を、阿吽の呼吸で避けていく光景は圧巻の一言。近年は、依然としてバイク社会ではあるものの、自動車の割合が増え、公共交通機関の整備によって道路の様子も少しずつ整然としてきているらしい、という話を聞きます。
最新のホーチミンは、きっと私が見た景色とは大きく変わっていることでしょう。洗練されたビルが立ち並び、キャッシュレスが進んだとしても、あの湿ったスコールの匂いと、生春巻きを作った時の包丁の重みは、私の心の中で「20年前の熱気」をそのままに伝え続けてくれています。
そして、あの完璧なサイズ感のアオザイ。もし今、当時の自分に声をかけられるなら、「そのぴったりのサイズが入るうちに、もっともっとたくさん着て楽しんで!」と伝えたい。
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※この記事は20年以上前の体験をもとに構成しており、現在の正確な現地の状況については公式サイト等をご確認ください。
今回の訪問地:ベトナム

