アフリカ大陸の東海岸に位置し、壮大な自然と豊かな文化が交錯する国、ケニア。20年以上前のあの日、世界一周クルーズの途上で東海岸の港町モンバサに滞在するために降り立った私は、未知なる大地への高揚感に包まれていました。50代を迎えた今、手元に残る当時の通貨や、かつて旅先で手に入れた土産物のほろ苦い結末を思い返すたび、あの日肌で感じた現地の強烈な熱気が鮮やかによみがえります。6月上旬の旅行記として、当時の冒険の記憶を紐解いてみたいと思います。
ケニア― 知っておきたい基礎知識
広さ
総面積は約58万3,000平方キロメートルであり、これは日本全体の国土面積の約1.5倍に匹敵する広大な規模を持っています。この果てしなく広がる大地の中に、多様な生態系を内包する壮大な国立公園や保護区が数多く点在しています。
気候のポイント
一般的なケニアの気候
国土の大部分が熱帯地域に属していますが、地形の高低差が非常に激しいため、地域によって気候特性が大きく異なる特徴を持っています。一般的には沿岸部が年間を通じて高温多湿であるのに対し、内陸の高地は比較的乾燥して冷涼な気候となります。
旅の舞台モンバサの気候(6月上旬の様子)
インド洋に面した沿岸の港町であるため、当時は南国特有のうだるような熱気とねっとりとした強い湿度が体全体にまとわりつくようでした。遮るもののない強烈な太陽が照りつけると、一歩歩くだけで汗が噴き出すほどの過酷な肌感覚を強く覚えています。
(最新の情報は「ケニア観光局の公式サイト「Magical Kenya」」にてご確認ください)
壮大な敷地を駆け巡ったサファリ体験と観光の記憶
ツァボ・イースト国立公園へ、小型バスでの挑戦
モンバサから向かったのは、ケニア最大級の面積を誇る「ツァボ・イースト国立公園」でした。移動手段は、屋根がパカッと開くタイプの小型バスのような車両です。
舗装されていない赤土の道を、激しく揺れながら進んでいきました。壮大な敷地内に一歩足を踏み入れた瞬間の感動は、今も忘れられません。地平線の彼方まで続く赤土の草原、そして遮るもののない高い空。テレビで見慣れた「サバンナ」の中に、私自身が立っているという事実に圧倒されました。
一方で、「少し安全面が心配になった」という素直な感想も残っています。現代の洗練されたツアーとは異なり、当時はまだ野生動物との境界線が非常に近く、むき出しの自然の中に身を置いているという緊張感がありました。ドライバー兼ガイドの方は慣れた手つきで車を走らせますが、ふとした瞬間に「今、もしここで車が止まったら……」という野生への恐怖が頭をよぎるほど、そこは人間が支配できない聖域でした。

ヴォイ・サファリ・ロッジの展望テラスで見守る野生
この旅のハイライトの一つが、国立公園内にある「ヴォイ・サファリ・ロッジ(Voi Safari Lodge)」への訪問でした。
このロッジの最大の特徴は、サバンナを見渡す崖の上に建てられていることです。特に展望テラス(展望デッキ)からの眺めは、言葉を失うほどの絶景でした。目の前には、野生動物たちが水を飲みにやってくる「水飲み場(ウォーターホール)」が広がっています。
20年以上前のあの日、私はテラスから、ゾウの群れがゆっくりと水辺に集まってくる様子をじっと見守っていました。人間が近づくのではなく、動物たちが自ら姿を現すのを待つという贅沢な時間。圧倒的な迫力で迫りくる野生動物たちの呼吸音や、乾いた大地を踏みしめる音。視覚以外のすべての感覚が研ぎ澄まされていくのを感じました。今でも、あの日差しの中で見たキリンの長いまつ毛や、皮膚の質感が鮮明に思い出せます。

圧倒的な迫力と「防御」としての長袖
サファリの醍醐味は、なんといっても動物たちとの遭遇です。群れをなして移動するシマウマ、悠然と歩くゾウの家族、そして遠くに見えるキリンのシルエット。中でも、間近で見た大型動物の呼吸音や、草を食む音、そして独特の野生の匂いは、視覚以外のすべての感覚を刺激しました。
当時の服装を写真で見返すと、私は強い日差しの中にもかかわらず、しっかりとした長袖・長ズボンを着用していました。それは、当時の旅人たちの間での「鉄則」でもあったからです。 第一の理由は、強烈な直射日光からの「防御」です。赤道に近いケニアの日差しは、肌を刺すような鋭さがあります。そして第二に「砂埃」。未舗装の道を走るサファリカーの中は、常に細かい赤土の埃が舞い込みます。最後に「虫」への対策です。未知の感染症や不快な虫刺されを防ぐため、どんなに暑くても肌を露出させないことが、身を守るための最大の知恵でした。

歴史が息づくモンバサ旧市街を歩く
モンバサの旧市街は狭い路地が入り組むエキゾチックな場所で、アラブやヨーロッパの文化が混ざり合った独特の建築と重厚な彫刻の扉が印象的でした。路地を抜ける風に乗って漂うスパイスの香りに包まれながら食べた現地のランチは、私の旅路の中で最も強烈な記憶となっています。何でも食べられる自負があった私ですが、あの日出された「インジェラ」という伝統的な発酵料理だけは、まるで破れた電車のシートから出たスカスカのスポンジのような見た目と強烈な酸味がどうしても受け入れられず、喉を通りませんでした。周りを見渡すと平気な顔で食べる人とフォークを止めて戸惑う人に真っ二つに分かれており、世界には自分の当たり前が通用しない未知の味があるのだと痛感させられた、今も色褪せない思い出です。

当時の通貨と、忘れられない記憶
手元に残るケニア・シリングの感触
旅の終わり、自分への小さなお土産として持ち帰ったのが、当時使いきれなかったお釣りです。私の手元には、今も20年以上前のケニアの紙幣と硬貨が大切に保管されています。
- 紙幣: 100シリング、50シリング
- 硬貨: 50、20、10、1シリング
- 大きめの硬貨: 5、1シリング
当時の紙幣には、独特のざらりとした手触りがあり、第2代大統領ダニエル・アラップ・モイの肖像画が描かれていました。現在のケニアでは、憲法の改正により個人の肖像を入れることが禁止され、2019年からは野生動物をあしらった新しいデザインが主流となっています。私が持っているこれらの肖像入り紙幣は、今では新規発行されていない、貴重な「時代の記録」です。
特に興味深いのが、手元にある2種類の1シリング硬貨です。どちらも同じダニエル大統領の肖像が刻まれていますが、その姿は驚くほど対照的です。 一枚は、かつての標準だった大きく重厚な銀色の硬貨。もう一枚は、時代の移り変わりとともに登場した、一回り小さく軽やかな真鍮色の硬貨。同じ価値を持つ「1シリング」が、新旧入り混じってお釣りとして返ってきたあの瞬間。それは、ケニアという国が経済的にも変化しようとしていた過渡期の熱気そのものだったのかもしれません。
当時の100シリングがどれほどの価値だったのか。最新の情報によれば、現在のケニアの物価上昇は目覚ましく、20年以上前と比べると貨幣の購買力は大きく変化しています。私が当時、小さな露店で現地の民芸品を買った時の感覚と、現在のケニアの物価を比較すると、きっと驚くほどの差があるのでしょう。
この使い古された紙幣と、大きさの違うコインたちを見るたびに、当時のモンバサの活気あるマーケットの喧騒や、サバンナで浴びた熱い風の記憶が、鮮明な感触とともに蘇ります。

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※この記事は20年以上前の体験をもとに構成しており、現在の正確な現地の状況については公式サイト等をご確認ください。
今回の訪問地:ケニア

