船旅の途中で訪れた中東の地は、私の人生に強烈な印象を焼き付けました。日本を離れてから約1ヶ月が経過した頃、6月下旬の強い日差しが降り注ぐイスラエルのアシュドッドへと寄港し、そこから数々の聖跡を巡る観光ツアーに参加したのです。当時はまだ若く、目にするものすべてが新鮮であったあの旅から、すでに20年以上という長い歳月が流れました。手元に残された数枚の写真や、今も大切に保管している当時の通貨を眺めていると、あの日肌で触れた現地の空気感が鮮やかによみがえってきます。50代になった現在の視点から、あの情栄と歴史の変遷を静かに振り返ってみたいと思います。
イスラエル ― 知っておきたい基礎知識
広さ
イスラエルの領土は非常にコンパクトで、日本の四国地方とほぼ同じくらいの大きさをしています。四国の面積が約1万8,000平方キロメートルであるのに対し、イスラエルの総面積は約2万2,000平方キロメートルとされており、日本の東京都の約10倍に相当する規模の国土が広がっています。
気候のポイント
一般的なイスラエルの気候
イスラエルは主に地中海性気候に属しており、夏季にはほとんど雨が降らずに非常に乾燥した気候が続くことが特徴とされています。年間を通じて晴天の日が多く、特に地中海沿岸部や内陸部では太陽の光が非常に強く降り注ぐ環境であると言われています。
旅の舞台アシュドッドの気候
海に面した港町である滞在先は、一年を通じて非常に湿度が高くなりやすい海洋性の地中海性気候とされています。あの日、港に降り立った私が感じた、肌にまとわりつくようなじっとりとした湿気とうだるような猛烈な熱気は、まさにこの気候特有の過酷な肌感覚そのものでした。
(最新の情報は「イスラエル政府観光局(Israel Ministry of Tourism)公式サイト」にてご確認ください)
エルサレム旧市街と死海を巡る旅
嘆きの壁の広場を埋め尽くしていた、意外なほどの賑やかさ
エルサレム旧市街の中に佇む、ユダヤ教において最も神聖な祈りの場である嘆きの壁。訪れる前はさぞかし厳粛でしんとした場所なのだろうと想像していましたが、あの日、平日に広場に足を踏み入れた私が目にしたのは、世界の聖地という言葉からイメージする静けさとは真逆の風景でした。世界中から集まった観光客たちが賑やかに記念撮影を楽しみ、どこかキャッキャと浮き足立っているような、驚くほどオープンで活気のある熱気に包まれていたのです。当時はまだ広場での写真撮影が比較的おおらかに認められていたこともあり、私も周囲の雑多な賑やかさの中に身を置きながら、手にしたカメラでその一角を写し取りました。
現在の状況を調べてみると、近年では宗教的な戒律や撮影ルールが非常に厳格化されていると聞くだけに、あの時じかに触れた、少し雑多で自由な聖地のエネルギーは、変化を遂げる前の非常に貴重な時代のひとコマだったのだと、深い感慨とともに腑に落ちました。
しかし同時に、ツアー中には「写真を撮ってはダメな場所」についての厳しい事前説明を受けたことも記憶に残っています。聖地としての厳格なルールと、賑やかさが同居する不思議な空間でした。

堂々たる佇まいのダマスカス門
今回のツアーで訪れたもう一つの重要な場所が、旧市街の北側に位置する壮大な石造りのダマスカス門です。幾重もの歴史を生き抜いてきたことが一目でわかる重厚な建築であり、周囲を圧倒するような堂々たる风格を備えていました。当時の私は、その見事な細工の施された門の佇まいを興味深く見つめながら、かつての人々も同じようにこの門をくぐり抜けたのだろうかと、過去の時代に思いを馳せていました。

記憶と写真のギャップ、リスタン・マーケットの謎
この旅ではリスタン・マーケットにも足を延ばしたのですが、私の手元にある当時の写真を見返すと、そこには少し不可解な風景が写り込んでいます。市場の入り口らしき場所で撮影されたその写真の背景は、なぜかほとんどの店のシャッターが固く閉ざされており、人通りもまばらで極めて静まり返っているのです。
その理由を現在の視点から調べてみたところ、いくつか腑に落ちる背景が見えてきました。聖地エルサレムでは、通常の週末だけでなく、平日の水曜や木曜であってもユダヤ教の重要な祝祭日に重なると、安息日と同じように全ての商店がシャッターを下ろして完全に休息日となる仕組みがあるようです。また、初夏の厳しい暑さを避けるために、日中の特定の時間帯だけ一斉に店を閉めて休む現地ならではの習慣(シエスタ)の影響だった可能性もあります。
あの日、目にしたガランとしたマーケットの静けさは、現地の宗教的な暮らしや気候に根ざした、リアルな休息の瞬間を切り取ったものだったのだと、長い歳月の果てにようやく合点がいきました。

死海の不思議な浮遊体験と全身を包む泥
今回の旅の中で、非常にユニークな体験となったのが死海への訪問です。世界で最も塩分濃度が高い湖として知られるその水面を前に、私は期待を抱きながらゆっくりと身体を沈めていきました。
足のつかない深さまで進んだその時、特別な力を全く入れていないにもかかわらず、自分の身体が驚くほどふわりと水面に浮き上がりました。まるで透明なクッションの上に寝そべっているかのようなこれまでに味わったことのない不思議な浮遊感に、私はただただ声を上げて驚くばかりでした。周囲にいた人々の様子を見真似ながら、湖底に堆積したミネラル豊富な泥をすくい、全身の肌にたっぷりと塗りたくって、その土地ならではの自然の恵みを全身で体感しました。

恋しかった湯船と、東エルサレムの夜
熱気と緊張感に満ちた観光を終えたとき、私の身体にはそれまでの長旅による疲れがどっと押し寄せていました。日本を離れてからおよそ1ヶ月、慣れない環境での移動が続いていたこともあり、私の心の中は何よりも「温かい日本の湯船に浸かりたい」という切実な思いで満たされていました。
そのため、その日は船の客室に戻るのではなく、あえて現地のホテルに宿泊するという選択をしました。滞在先となったのは、エルサレム東部のナブルス通り沿いに位置する「アンバサダーホテル(Ambassador Hotel Jerusalem)」です。案内された部屋のお風呂に温かいお湯をたっぷりと張り、肩まで深く浸かった瞬間は、まさに言葉に尽くせないほどの至福のひとときでした。ホテルの設備や清潔感は非常に快適であり、乾燥した旅の疲れを心身ともにリフレッシュして、心地よい夜を過ごすことができました。
現在の視点から振り返ると、このアンバサダーホテルは大規模なリニューアル等を経て、今では1泊2万円台半ばを超えるような立派な高級4つ星ホテルとして格付けされているようです。ですが、実は当時、このホテルは1泊およそ70ドルから90ドル前後、日本円にして1万円前後という、非常に手頃なシティホテルという位置づけだったようです。
治安面での安心感や、お湯がしっかりと出る快適な設備を備えつつも、少し奮発すれば無理なく手が届く「ちょうどいい価格帯の宿」だったからこそ、あの日の私にとって最も現実的で安心できる宿泊先だったのだと、長い歳月の果てにようやく合点がいきました。

当時の通貨と、忘れられない記憶
日本に帰国してから四半世紀が経った今も、私の手元にはあの旅で財布に残ったイスラエルの通貨がいくつか大切に保管されています。紙幣は20新シェケル札が1枚、そして硬貨は10、5、1、2分の1(2分の1新シェケル)、そして10アゴロット硬貨というバラエティ豊かなラインナップです。当時は単なる旅行中のおつり、あるいは小さな旅の記念として引き出しの奥にしまい込んでいたこれらの金属片や紙切れですが、現在の視点からその背景をリサーチしてみると、そこには通貨の変遷という歴史のドラマが隠されていることがわかり、理由が解き明かされました。

10新シェケル硬貨に秘められた古代の意匠
10新シェケル硬貨。中央部分が金色、その周囲を囲む枠が銀色という2色の異なる金属が美しく組み合わされたバイカラーのデザインになっており、その独特の重みと意匠の美しさがあります。このデザインは単なる美観のためではなく、導入された当時としては最先端の偽造防止技術であったことがわかりました。さらに興味深いことに、表面に描かれたヤシの木の下には、現代の文字とは異なる古代の意けて刻まれています。これは紀元前66年に起きたローマ帝国への大反乱(ユダヤ暴動)の時代に鋳造された古代コインを模したものであり、そこには古代ヘブライ文字で「シオノの救済のために」という聖地への強い執念を込めたメッセージが刻まれているのだそうです。
5アゴロット硬貨の絶滅と紙幣の刷新
さらに驚かされた事実は、手元にある小さな「5アゴロット硬貨」にまつわる現在の状況です。当時のリサーチを進めるうちに、この5アゴロット硬貨は、製造コストがその額面価値を大きく上回ってしまったという経済的な理由により、2008年1月1日をもって完全に流通が停止され、法的な効力を失っていることが判明しました。つまり、現在イスラエルの現地を訪れても、市場の買い物でこの硬貨を目にすることは絶対にありません。また、手元にある20新シェケル紙幣についても同様の変遷が見られます。私が持ち帰った20新シェケル札には、イスラエルの元首相であるモシェ・シャレットの肖像画が描かれていますが、現地では2014年以降にすべての紙幣のデザインが一新される新しいシリーズへの刷新が行われました。私の手元にある赤みを帯びたモシェ・シャレットの紙幣は、今や一世代前の旧紙幣という貴重な記録になっています。
時間の経過とともに、今ではもう容易に手に入らない歴史の一部へと変化している事実に触れ、四半世紀という歳月は、単なる思い出を、変えがたい貴重な歴史の1ページへと昇華させてくれるものなのだと、深い感慨とともに確信しています。
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※この記事は20年以上前の体験をもとに構成しており、現在の正確な現地の状況については公式サイト等をご確認ください。
今回の訪問地:イスラエル

