アフリカの角と呼ばれる地域に位置し、紅海を望む神秘的な国、エリトリア。20年以上前のあの日、世界一周クルーズの途上で港町マッサワに2日滞在するために降り立った私は、未だ見ぬ未知の景色への期待に胸を躍らせていました。50代を迎えた今、手元に残る当時の紙幣をそっと見つめると、あの日肌を焦がした現地の強烈な熱気と、歩んできた歴史の重みが鮮やかによみがえります。
エリトリア ― 知っておきたい基礎知識
広さ
総面積は約11万7,600平方キロメートルであり、これは日本国内の大きさと比較すると、本州全体の約半分ほどの規模に相当する国土を持っています。紅海に面した長い海岸線と、乾燥した広大な大地がこの国の地理的な大きな特徴となっています。
気候のポイント
一般的なエリトリアの気候
国土の大半が砂漠気候やステップ気候などの乾燥帯に属しており、年間を通じて降水量が非常に少ない特徴を持っています。中央高地は標高が高いため比較的冷涼ですが、沿岸の低地は地球上で最も暑い地域の一つに数えられます。
旅の舞台マッサワの気候(6月上旬の様子)
紅海沿岸に位置する港町一帯は、うだるような熱気と、海から吹き付ける独特の強い湿度が空間を支配していました。遮るもののない強烈な太陽が容赦なく照りつけ、一歩歩くだけで体力を消耗していくような、過酷な肌感覚を強く覚えています。
(最新の情報は「エリトリア情報省「shabait.com」 公式サイト」にてご確認ください)
マッサワを巡る旅
ピースキャラバンツアーでの貴重な移動体験
当時、私がこの東アフリカの港町に滞在した際、最も印象深い体験となったのが、現地の文化と大地を体感するために参加した「ピースキャラバンツアー」でした。このツアーにおける最大のハイライトは、移動の手段としてヒトコブラクダの背に乗ったことでした。
間近で見るラクダの姿はその独特の立ち姿とどこか愛嬌のある顔立ちが印象的でしたが、いざその背にまたがってみると、想像していたよりもはるかに位置が高く、視界が一気に広がったことに驚かされました。歩き出すと、独特のゆっくりとした左右への大きな揺れが全身に伝わり、最初はバランスを取るのに少し緊張したのを覚えています。しかし、ツアーの仲間たちとともに列をなし、遮るもののない強烈な太陽の下で乾燥した大地をラクダに揺られながら一歩一歩進んでいく時間は、まさに異国にいるのだという実感を強く抱かせてくれる、私の人生においても極めて貴重な体験となりました。

歴史の重みを伝える二つの訪問地
キャラバンツアーの行程では、マッサワの周辺に点在する歴史的な遺構や名所もいくつか巡ることができました。その一つが、かつてのエチオピア皇帝であった「ハイレ・セラシエの冬の宮殿の遺跡」への訪問でした。
かつての権勢を偲ばせるその場所は、訪れた当時は激しい歴史の荒波を経た悲壮な遺跡の姿を留めており、静かに佇む壁や遺構の前に立つだけで、この地が歩んできた激動の歳月の重みが直接肌へと伝わってくるようでした。

さらに、街の中に設けられた「フェンケル作戦戦没者記念広場」にも足を運び、そこにある噴水を眺める機会もありました。マッサワの解放と独立をめぐる重要な戦いを記念したこの場所は、当時の私にとって非常に厳かな雰囲気に満ちており、現地の水が湧き出す噴水の様子を眺めながら、この過酷な気候の土地で力強く生き抜いてきた人々の記憶に静かに思いを馳せる、深く心に残るひとときとなりました。

当時の通貨と、忘れられない記憶
手元に残るナクファ紙幣の感触
旅の終わり、現地でのささやかな思い出の品として、私は当時使いきれずに手元に残ったエリトリアの通貨を持ち帰りました。私の手元には、今も20年以上前に持ち帰った「1ナクファ紙幣」と「10ナクファ紙幣」が、大切に保管されています。
エリトリアの国家通貨である「ナクファ(ERN)」は、独立後の1997年11月15日に、それまで使用されていたエチオピア・ビルに代わって導入された比較的新しい通貨です。この通貨の名前は、独立戦争においてエリトリア人民解放戦線の重要な拠点であり、解放闘争の象徴的な土地であった都市「ナクファ」にちなんで命名されました。
手元にある紙幣を改めて眺めてみると、そこには海外の紙幣によく見られるような、時の政治指導者や歴史上の権力者の肖像画は一切描かれていません。1ナクファ紙幣にも、10ナクファ紙幣にも、描かれているのはエリトリアに暮らす多様な民族の子供たちや、若い女性たちの、生き生きとした三分割のポートレート(肖像)です。
紙幣の表面を指先でなぞると、独特のざらりとした紙の質感が伝わってきます。それは、建国されたばかりの新しい国が、自らのアイデンティティを世界に示そうとしていた時代の、力強い息吹そのもののようでもあります。政治家の顔ではなく、名もなき民衆の笑顔をお札のデザインに選んだという事実に、私は当時のエリトリアという国が掲げた「自由、平等、正義」という理念の真髄を感じずにはいられません。
20年以上前に、世界一周の途上で体験したエリトリア・マッサワでの2日間。 あの時、肌を刺すような熱風の中で目にした破壊された宮殿の姿や、戦車の銃口から湧き出る水の冷たさは、私の心の中に「平和の尊さ」と「人間の逞しさ」を深く植え付けてくれました。人間がコントロールできない過酷な大自然、そして激動の歴史。 最新の美しく整備されたリゾート地を巡る旅も快適で素晴らしいですが、あの時のように少しの緊張感を持ち、歴史の生々しい現場に身を置くような「剥き出しの旅」こそが、今の私の人生に深い彩りと、物事を多角的に見つめる強さを与えてくれているのだと思います。あの日、紅海のほとりで浴びた熱い風の記憶と、手元に残るナクファの感触を、私は一生忘れることはないでしょう。
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※この記事は20年以上前の体験をもとに構成しており、現在の正確な現地の状況については公式サイトや最新の報道等をご確認ください。
今回の訪問地:エリトリア

